no title
森の隣でひとりになったら、大自然からたくさんの愛をもらいました。

アパートに越してからは、ここまでは人にもらわなくても自分で愛を満たしていないとねという線をルパン3兄弟が教えてくれていて、

恥かいてもいいからその線を越えて人に愛を与えるかどうかは自分で決められると職場の同僚が態度で示してくれてます。
| はる | 07:34 | - | - |

no title
いつの間にか仕事と結婚の世界に居ました。すぐ自分物指しを見失う。座禅も悩みも社会的時間も最小にしたい。

わたしが生きてることに解釈つけるのをやめたい。なにするにも、どこ居るにもなんで?てよく言われるけど。
| はる | 20:55 | - | - |

これから
仙人でもせめぎあいでもないもの探しします。
| はる | 21:30 | - | - |

おぼれた時
秋のころ、親や近所のひとに当てられ、ひとりで元気な世界がぼろぼろになり、以前よりひどくノイローゼのようになりました。抜けきれない今思っても、来るべくして来たことだとは思うけど、人の中を出たつもりでも自分が強く変わらなきゃやっぱり駄目。診察の度に、これでもやはり薬を止める方向でいいんだ、わたしの脳を薬でなんとかしなくていいんだねと自分に確認していました。踏ん張る為に何度も診察を思い出しました。
不安で溺れるような苦しさの時にはどんなにぐったりしようが何日も眠ることさえできず、自殺しなくても死ぬと思いました。そんなときに「この不安や惨めさでたとえ死んでも、私は構わない」と言うと、もがかずに少し落ち着いてぐったり横になっていられました。ここで、寒さが答えるときにいつのまにか使っていた「(私を受け入れてくれたこの自然の寒さなら、)この寒さでたとえ死んでも、私は構わないな」と呟くと気持ちが楽になることから思い付いて。一生かけてこの不安に効く薬の飲み合わせをさがしましょうなんて言われていた時の絶望感を思い出します。1分一秒でも耐えるのがつらいと思っているのに。
頼んでそばにきてもらったり電話に出る母に責め立てが止まらなくなりました。私が悪いんじゃないよね、変なのはそっちととにかく確信して罪悪感や惨めさや恐怖を消さないと溺れつづける、と必死で。暴言が始まると自分で止めたくて、泣きながら植物の写生もしていました。思考の暴走と自覚してきたから。

今はひたすら、座禅精進して思考停止しながら働きにも出かけていますが、やはりここにかくだけでもまだ体がしびれはじめる。

今、人の気持ちまで思いやる余裕がない。その日1日の為になるべく罪悪感消して心と体を整えて煩悩会話をはけながら仕事をこなして取り柄をつくらなきゃ、すぐまたつぶれる。

言葉にすることをまともにして、ちゃんともの申したい。

| はる | 22:05 | - | - |

こんな感じ
ガスや電気、食糧など実生活の場が森とは離れた暮らしですが、隣に自然がある場所というだけでも私は息をだいぶできるようになりました。
先日、街の近くの施設で、小さい頃よく見掛けた森林の香りや鳥の声を流すトイレに入り、懐かしさや楽しさを感じて来ました。でもやはり、ここで生活して、もらえた腹にぽっと火が灯るようなものは無く、森の外での生活で科学や文字だけ持ち出して満足してしまったら、怖いなと思いました。
緑、空気やいどみず、もう驚くほどの味や臭いの違いを感じますが、たぶんここでもらっているのはそれだけじゃない。人への表現がうまくいかなくても、もし感覚が人よりちがくても、そんなもの無くてもこのわたしでいいよと言われ腹からの笑いが出た場所です。ひとりになりたくて逃げてきた、のにひとりじゃなくなった。
自然に直に触れて生活することにきっと何かいま大事なことがあると思っています。電気やガスの代わりに昔機能していたこともきっと何か頂きながら感じながらいのちに意味があったのじゃないかなあと、つぶやいています。
言葉も体も、思考も、道具として使う、大きないのちみたいな存在がわたしらなんだと思えてきます。
| はる | 02:26 | - | - |

no title
自分の感情のだしかたもコミュニケーション方法も出来なくて、いまやっと自分の感情はおかしくないと森で分かっても、どうやって生きていけるのか分からない。
| はる | 20:18 | - | - |

読みもの
「母が重くてたまらない」を読んでいます。言葉にしてもらうと、すかっとします。家族なら常識の鎧を脱いで付き合ってほしい。都合悪いと鎧に逃げるひとと話すのは難しい。都合悪いというか、ぶつかってもらえたらチャンスなのに。私の罪悪感やら他人の目やら多数意見をとっかえひっかえ…あなたと話ができない。座禅もどきでも、自分が発する言葉でさえ生身でないものがあると気持ち悪くなる。こんな環境に居たら誰だってうつになる。ひとのせいにすれば、わたしだって楽だ。ひとの病気とか頭のせいにすれば、楽だ。だけどわたしは菅沼先生の言う本音と建前、どちらで発したものなのかくらい分かっていられるようになりたい。自分でも分かっていないで済ます人は多いなあと、仕事に出るようになっても感じました。せめてものルールもなくなってたり。憧れて入れないといじけていた社会がこんな…バカじゃないの、て怒りたくなる。
見た目はもういいから。

落ち葉に寝転べば、安心します。・・・たぶん。洗濯機ないと、水と遊べる。天気に左右されると、太陽が暖かい。便利もいいけど、代わりに失うものをちゃんと覚えていないと…わたしは忘れっぽいから。
| はる | 19:36 | - | - |

母親
母にとって、ひとの感情は、わたしが天気に感じるようなものなのかなあ。激怒していても、なやみこんでいても、あ、外は雨だね…みたいな。わたしもわたしに向けられる怒りや疑問を、天気のように受け入れられればらくだろうなあ。
母はわたしが怒り泣いても、嬉しくて笑っていても、あまり変わらない気がして。昔はそれで苦しくてもうまく相談ができず、惨めでした。今は母のそういうところが隣に居やすいと思えてくる。

森にひとりで入ると安心します。気持ちよいし、母よりもさらに、私の言葉や姿がなんでもいちいち反応するものがいない。むしろ逆です。泣いてると、涙を指差してそれなに?って聞かれる感覚を覚える。悲しみで胸が張り裂けそうだと、なんでそんなに苦しいの?苦しむことないのに、って言われる。ほんとだと思えてくる。穏やかでいられる。

ひとの感情に重点置きすぎてつらいのなら、森や動物を見てようと思う。それでもまだ、怒ったり泣いてるひとがいたら、また気になってしまうくらいだ。
| はる | 19:50 | - | - |

不安の理由
ぼろぼろ涙で森に入ったら違和感の無さに安心して、私がずっと不安だったのは人間社会のそれもずっと小さな中で感じる疎外感なんだろうなと思いました。馬鹿らしい…

人間の中でたくさん嫌な思いを作ってきてしまったから、今も街へ行くと不安に戻ります。

人間なんて小さいくせ、威張ってて、居心地悪くて、二度と心開くもんかってたびたび意気がっていますが、最近仕事をもらった事がほんとに嬉しくて、張り切っています。仕事場でもやはり私の上に位置したいといじめ気満々の人がいたけれど、人間なんて私は目に入らないんですと仕事だけ見て嬉々としていたら、今は挨拶も先にしてもらえるようになりました。人間見たら、失敗だらけのキズだらけで、わたしもいちいち恥ずかしいだけだから嫌だけど、同じ方向いて何か汗かくなら、人間の中にもいられそうな…

自然相手の畑だって、天気や作物の話なら人と話すのも嬉しいです。

どうしても、わたしという人間を見ていて話す人は苦手です。私が上とかあなたが上とかになりだして窮屈で居られない。そんなもの、つまらないのに。私を丸ごと、泣いても笑ってもぐちゃぐちゃでも受け入れてくれるでっかい自然の中で、視野を広くしていたいと思います。

自然の中でのきもちいい、腹が空く、風が撫でる、寒い、自分の感覚を意識して感じるようにしています。座禅なんて、いいものあったんだなあと少しだけ引っ張りだして。だいたい、不安になる時は、自分の感覚を見失っていて他人の気持ちに振り回され出す。

今は気持ち押し付けられていると気付くと、胸がムカムカしてきつく返し過ぎかなと思いますが、必死なんです…中年反抗期。柔らかいあしらいかたも、身に付けます。

でも、強く思うのは、自分よりも他人の気持ちばかりの中で死にたくなるまで居たら、今は他人を突き放すくらいの自分優先気持ちでいかないと!

ここは緑が勢力持っていて、とても良いところです。うちのインコ3兄弟も自然見てますから、でかいです。小さい私はここで学ぶことが回りにてんこ盛り。

先ずは人間よりでかい自然相手に、私の小ささを感じてよかったです。小さいからほっとする。
| はる | 00:05 | - | - |

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